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長崎地方裁判所 昭和44年(行ウ)4号 判決 1969年10月20日

原告 長崎県酒類卸商業協同組合

被告 建設大臣

訴訟代理人 上野国夫 外一名

主文

原告の昭和三八年二月一三日付審査請求に対し、被告が同四四年四月二八日付でなした右審査請求を却下する旨の裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

一、原告は昭和三八年二月一三日付で被告に対し左記行政処分に対する審査請求を行なつた。

長崎県知事が昭和三七年一二月一〇日付第七九八号をもつてなした長崎国際文化都市建設計画大波止土地区画整理事業地区内の原告所有にかかる長崎市元船町二丁目七番の二および同町二丁目一六番の一に対する仮換地指定処分。(以下これを単に従前の処分という。)

二、被告は、右審査請求に対し、昭和四四年四月三〇日付で、従前の処分は昭和四四年二月五日で取消され、審査の対象である処分がなくなつたから不適法であるとの理由で右審査請求を却下する旨の裁決をなした。

三、しかしながら、右裁決は次の理由で違法であるから取消さるべきである。

(一)  長崎県知事は昭和四四年二月五日付をもつて従前の処分を変更する旨の処分(以下これを単に変更処分という。)をなしたが、従前の処分と変更処分とでは対象たる仮換地の街区・画地に変更なく、ただ地積が増加しているのみであるところ、仮換地処分が行なわれるとその処分を前提として多くの権利関係(家屋の建設、賃貸借等)が積み重ねられて行くものであるから、右変更処分をその効力が既往に遡る意味での取消とみる必要はなく、またこれを従前の処分の撤回と新処分とを併わせて行なつたものと解するとしても、従前の処分を前提として成立する各種の利害関係を倒壊させることは右取消の場合と同様であり、またこのような意味での撤回が関係者の同意なしに行なえるか疑問であるから、右変更処分を従前の処分の取消あるいは撤回と新処分との併合されたものとみるべきでなく、従前の処分の存続を前提としてただ単に地積を拡大したにすぎないとみるべきである。

したがつて本件審査請求の対象たる処分は依然として存続し、消滅していないといわなければならない。

(二)  仮に従前の処分が消滅したものとするも変更処分が従前の処分と密接に関連していることは前記のとおりであるから、被告としては原告が従前の処分につき違法ないし不当として主張した事実を変更処分に対しては主張しないことが明瞭でない限り、その審査請求を変更処分に対して維持するかどうかを釈明すべきであつたのにこれをなさなかつたのみならず、従前の処分につき、被告は原告から昭和三八年二月に審査請求を受け且つ各種の証拠調の請求がなされているのにかかわらず、昭和四四年に至るまで何らの実質的な審査を行なうことなく、原告からの不服申立の経過の問合わせに対しても回答だにせず、本訴が提起された後はじめて本件裁決をなすに至つたものである。

右の如き事情にかんがみると、被告は行政不服審査庁として、本件審査請求につき憲法第七三条一項に基づき要請される「法律を誠実に執行」したものということはできず、したがつて本件裁決は結局全体として右誠実義務に違反するものというべきである。

(三)  原告は昭和三八年四月三日本件審査請求につき行政不服審査法第二五条一項により口頭で意見を述べる機会を与えるよう申立をしたにもかかわらず、被告はその機会を与えることなく原告の審査請求を却下したものであるから、本件裁決は右法条に違反してなされた瑕疵あるものである。

被告指定代理人らは、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因一、二項の各事実は本件裁決の日時を除き、すべて認め、同三項の主張を争い、次のとおり述べた。

本件裁決の日時は昭和四四年四月二八日付であり、右裁決は次の理由によつて適法正当であり、原告の主張はいずれも理由がない。

一、本件審査請求の対象たる行政処分(従前の処分)はすでに撤回されて、存在しない。すなわち従前の処分は昭和四四年二月五日付の前記変更処分により消滅しているものであつて、従前の処分についての審査請求は存在しない処分を対象とする不適法なものとなつた。よつて本件審査請求を却下した裁決は適法である。

二、本件裁決には釈明権不行使の違法はない。

従前の処分とその変更処分とはそれぞれ独立した別個の処分であり、これに対する審査請求はそれぞれの処分に対して別個独立になさるべきであり、従前の処分に対する審査請求を、その後の変更処分に対する審査請求として維持することは許されない。よつて原告主張の如き釈明をしなかつたとしても何ら本件裁決が違法になるものではない。

また、本件審査請求については原告所有地を含む一帯の地域について防災建築街区造成組合結成の機運があるなど特殊の事情にあつたため、これらの事情も考慮し、慎重に審理を続けてきたもので、誠実義務を怠つたことはない。

また審査請求の経過に対する照会に対し、回答しなかつたことについては、行政不服審査法上かかる事項を行なわなければならないとする規定もない。

三、行政不服審査法第二五条一項は実体審理に関する規定であるから、審査請求が適法である場合に適用されるに止まり、明らかに不適法であり、却下されるべき審査請求についてまで口頭陳述の機会を与えなければならないとするものではない。しかして、本件については裁決時において審査請求の対象たる従前の処分は前記のとおり撤回され、消滅していたことが明らかで、不適法なものとして却下すべき事案であつたので、口頭陳述の機会を与える理由はなかつた。

(証拠省略)

理由

一、原告の請求原因一、二項の各事実は、裁決の日時を除き、すべて当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第八号証によると、右裁決の日時は昭和四四年四月二八日付であることが明らかである。そして、成立に争いがない甲第九号証および弁論の全趣旨によれば、長崎県知事は原告に対し、昭和四四年二月五日付書面をもつて、さきに同三七年一二月一〇日付三七都第七九八号をもつてなした仮換地指定(従前の処分)を変更する旨通知して、仮換地指定の変更処分をしたことが認められるところ、さらに同号証によると、右変更処分前と後とでは、その各従前地の地番・地目・地積および仮換地の街区番号・画地番号等において全く同一であり、僅かに仮換地の地積が変更前二四四・六二平方メートルであつたものが、変更後二七四・三八平方メートルに増加しているに過ぎないことが認められるから、右変更処分は原告にとつて何ら不利益な結果をきたすものでないばかりでなく、本件全証拠によるも原告主張のような権益の侵害が具体的に発生したことは認められないから、同処分は有効であるというべきである。しかして、従前の処分と変更処分とは、その内容としては、前認定のとおり、仮換地の地積を若干ふやしたのみでその他は全く同一であり、この点からすると右「変更処分」は従前の処分の存続を前提とした更正的処分とみうる余地もないではないが、前顕甲第九号証の記載および画一性、要式性が要請される行政行為の本質にかんがみ、右両処分はあくまで処分日時および処分内容を異にする別個独立した行政処分であつて、後の処分により従前の処分は取消(撤回)されて消滅したものと解するのが相当である。そうすると、右変更処分に不服ある原告としてはさらにこれに対し審査請求をなせば足り、審査庁において従前の処分に対する審査請求を変更処分に対するそれとして取扱い、もしくは従前の処分に対する審査請求を、変更処分に対するそれとして維持するや否やを審査請求者に対し釈明するなどの法律上の義務はないと解すべきであり、したがつてこの点に関する原告の主張は理由がない。

つぎに、成立(甲第三号証、第五ないし七号証については原本の存在についても)に争いがない甲第三ないし七号証および弁論の全趣旨によると、原告は従前の処分につき審査庁に対し、昭和三八年四月二日付審査請求補充書、同年同月三日付証拠申出書、同日付口頭審理の申立書を右提出し、翌三九年四月六日付書面で右審査請求の審理の経過につき問合わせをしているのに対し審査庁は右各書面による申出に応答することなく、六年近くを経過した前記日時に至つて、ようやく本件裁決に出でたことの各事実が認められ、審査庁の右不作為は、審査に相当期間を必要とするなどの特段の事情の存在につきなんら立証のない本件においては、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図る行政不服審査制度の目的(行政不服審査法第一条)に照らし、違法の疑いが極めて濃厚であるが、その後になされた本件裁決自体がそれだけの理由をもつて当然に違法となるものとする法理は見出し難く、したがつて原告のこの点に関する主張も採用できない。

二、しかしながら、前掲甲第六号証および弁論の全趣旨によれば、原告代理人は従前の処分につき、昭和三八年四月三日付書面で審査庁たる被告に対し行政不服審査法第二五条一項による口頭審理の申立をなしたのにかかわらず、被告は右申立にかかる口頭審理を行なわず書面審理のまま本件裁決に出たことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかるところ、行政不服審査法第二五条一項は、審査請求の審理方式に関し書面審理を原則とし、当事者の申立があつたときは口頭で意見を述べる機会を与えなければならない旨規定しているが、これは審査請求の手続に関し書面審理の方式を原則としつつも、従来の審理方式を規定していた旧訴願法がその採否をもつぱら審査庁側の裁量にまかせていた口頭審問の制度を、国民の権利救済をより十分ならしめる見地からこれを改め、申立があつたときは必らず口頭で意見を述べる機会を与えなければならないとしたものであるから、この経緯ないし行政不服審査制度の趣旨、目的に徴すると、右法案に違背してなされた裁決は手続上重大な瑕疵がある違法な裁決として、その内容の当否を問わず取消を免れず、そしてまた、審査の請求が法定期間経過後になされたものであるとき、その他不適法なものであつてその補正ができないものであることが一見して明らかである場合のほかは、実体的審理の段階であると否とにかかわらずすべて同法条の適用を受けるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、右従前の処分と変更処分との間の法律上の存続、消滅関係は前記のとおり必らずしも明白とはいえず、これについては対立した見解も出ることが考えられるから、原告の本件不服審査請求が、前記変更処分があつたとの一事をもつて一見して明らかに不適法なものとなつたとみることはできないというべきである。

そうすると、原告の前記申立を無視して口頭陳述の機会を与えないまま行われた本件裁決はこの点において違法であり、取消を免れないところである。

三、以上のとおりであつて、原告の本訴請求は結局理由があるから、これを正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 右川亮平 保沢末良 武部吉昭)

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